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年を経て生まれる憂鬱について

 幼い頃の、記憶と呼ぶには、おぼつかない、暖かみのある場面。僕は、たしかに、この世界に祝福されて生まれてきたことを教えてくれる。両親の愛という言葉が、陳腐ならば、他になにか変わりの言い方を、模索しよう。ただ、それは、海面に浮かぶペットボトルのゴミを見つけるくらいに、困難だけれど。
 きれいなものだけを、見てきたんじゃない。裏切り、暴力、嫉妬、憎悪、それら全てが折り重なり、ひとつの社会となりうる。ただ、大人になるまでの間、家族という共同体のなかで、黒々しい感情を排除してきたに過ぎない。そのシステムを、「魂の保護」と、僕は呼んでいる。

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・奇譚集
 ここで、年を経て生まれる憂鬱について、語らなければならない。べつに、スピリチュアルに関心が、あるわけではない。それでも、世の中には、偶然という言葉では説明できない、奇譚な出来事が起こりうる。例えば、夢に出てくる死者たちが残すメッセージ、前世の記憶をもつアフリカ人、死の瀬戸際から蘇生した病人、宇宙から飛来した謎の隕石、語り尽くすことのできない、不思議な物語は、幾度となく、生まれては、消えていく。

・リアリスティック
 ただ、へんに大きな顔をする、リアリスティックな日常を、ぶっ壊したい願望がある。子どものときの、無限に世界が広がっていることを知覚していく感動を、もう一度、味わいたい。クラスの席替えで、好きな子が隣になったときの、死んでもいいくらいの思春期の高揚を、再び、享受したい。そして、それは、もう叶うことはないんだなと、悟ることが、大人になることだと、僕は思う。そこから生まれる憂鬱を、持て余しながら送る人生は、せめて静寂に包まれてほしいと望む。生きるとは、そういうことだ。

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 ブログを書く意味について、考える。僕ら、国民は、階層に分けられている。金持ちもいるし、貧乏もいる。下級や、上級と言われることがある。もし、この世界が、一部の成功者によって支配されているならば、不利益を被る側は、抵抗しなければならない。たとえ、抑圧されて身動きができない立場にあったとしても。だから、こうして、文章を書く。それで、重圧にたえるあなたの重荷を、少しでも軽くできたら、そんなに嬉しいことはない。

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心の違い

 人間の性質を、まざまざと浮き彫りにする歴史は、もうだれにも目に触れない海の奥底に沈んでしまったかのように、ひからびてしまう。人と人が争い、殺し合いまでしてきた末に、訪れた平和の意味を、置き去りにし、相も変わらず、自分だけが幸せになろうとする。

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・アナキズム
 権力や権威自体が、悪いことではない。国単位の大きなものを統治するには、それが必要になるんだろう。この世界が、不条理であふれ、不公平に扱われることを、僕らは肌で、感じている。アナキズムに傾き、革命を志し、失敗を重ねたのは、けっして意味のないものではない。問題は、公人であるはずの彼らが、大衆の私財を奪うことだけに、集中していることだと思う。それも、少数の蓄えがある人ではなく、切り詰めて生活する、一般市民から、搾取しようとする。

・糊塗し続ける僕らの行く先
 社会福祉が行き届いて、老後も安心して暮らしていける国にしたいと、切に願っている。良いことをしていく、というシンプルな方針を、疎かにし、いかに税を絞りとるかに躍起になる。お金は、湧いて、でてこない。僕にだって、分かる。それでも、失敗を糊塗し続ける先に待ち受けているのは、絶望でしかない。それを、予期しているのは、けっして、保身に走る、頭のよい政治家だけではない。みんなが、わかっている。だけど、必死になって、平穏な日常を守ろうとしている。その努力を踏みにじるな。それを、僕は言いたい。

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 一度でも戦争によって、人生をないがしろにされた者と、生まれてから、ずっと自由を保持してきた者との間にある溝は、埋まらない。同じ姿、形をした人間でも、その中身は、まるで別物のように存在している気がする。それを「心の違い」と言葉で片付けることは、簡単かもしれない。どの時代に生まれてきたか、どの身分に属していたのか、どんな社会環境だったのか、まるで異なる空気を吸っているヒトを、同じ生き物だとするならば、それは横暴ではないだろうか。”平等”という概念がうまれてから、もういくぶん、時は経つ。
 資本主義が、行き詰まり始めたのは、別に、今に始まったことではない。商品を、いかにコストを抑えて、できるだけ多く生産できるか、それに踊らされて、とくに吟味することなく、手当たり次第消費する客、そして、余ったものを大量に廃棄する社会は、もう無理がある。豊かになることは、本質的に、先に期待できない制度を、維持することではない。少しづつ変わり始めた先に待つのは、どんな社会か。それを見定める作業が、必要だと思う。

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最後の砦

 自分の力で、人生を切り開くなんて、とてもかっこのいい言葉だ。それが、できたら、何も苦労なんてしない。目に見えない力に、頼ってしまう。いっそのこと、あなたの運命は、もう初めから、決まっているというお告げが、あれば、僕はすんなり、受け入れてしまうだろう。それほど、生きることは、過酷と、無慈悲に溢れている。

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・正体は、いずこ
 生きづらさについて、僕らはもっと、おおっぴらに語らなければならない。絶望のなかで、生き抜こうとしている名もなき誰かが、諦めに辿り着き、自ら命を絶つ。身寄りのない浮浪者が、助けを呼べずに、ひっそりと路上でことぎれる。生活に困ったシングルマザーが、心中しようとする。彼らを、追いつめたものの正体をつきとめる作業を避けるように、世間は、なにもなかったかのように、忘れていく。

・競争が全てなのか
 そんなの自分のことで精一杯だ。他人に優しくしているうちに、置いてけぼりをくらう。明日が、我が身だ。相手を蹴落とさなければ、自分が貧乏暮らしだ。できることなんて、ない。責任を負うなんて、まっぴらごめんだ。お金を、生み出さない行為に意味なんてないし、やるだけ無駄。徹底的にコストを切り詰めて、利潤を最大化しよう。だから、非正規雇用者が、生活できなくても、構わない。それが、資本主義の国の在り方だ。

・宿痾
 これは、もう僕らの宿痾だ。なにからなにまで、株式会社のような仕組みにしてしまった過ちの歪みが、表面化している。利益を追い求めることを、いけないとは思っていない。別に、好きにやればいい。例外的に、無欲さや公徳心を求めるのも酷だ。問題は、市場原理主義が、いまある全ての組織の基本みたいになっていることだ。でも、それじゃあ、国は良くならないし、弱者を救ったりはできない。ここで、僕が、はっきり言っておく。

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 「夢」や「希望」が、あまりにも、僕とは関係のない言葉になった。何者かになろうなんて、はなっから考えてはいない。他人に迷惑をかけてはいけない。お上の指示に、逆らってはいけない。税金を払いなさい。良き市民でありなさい。僕を縛りつける号令が、言霊のように降り掛かってくる。息の詰まる社会で、だれしもが、声を上げることなく、必死に小さな幸せだけは、守ろうとしている。最期の砦として。
 いまのやり方で、富を蓄えられている人は、そりゃ変えたくないでしょ。既得権益を守るために、現状維持を望むのは、あたり前だ。そして、波風をきらう、従順な日本人は、トップのいうことに素直にきく。それは、とても住みにくい社会だと思う。政治って、いったい誰のためにあるのかを考え直してほしい。

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死神になりたい

 蝉の鳴き声が、じんじんと耳にさわる。今年もあいかわらす、夏が巡ってきたことを知る。どうして、人は、まわる季節のなかで、同じような過ちを、繰り返すんだろう。傷つけるつもりはないんだけど、本心を語ることは、たぶん、誰かを悲しませることになるんだと思う。波風をたてることを、ひどく嫌う僕らは、それでも、本当のことだけを探していこうと決めた。この、おいしげる緑と、ふりかかる日差しのなかで。

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・戦争について
 センシティブな部分に切り込むには、勇気がいる。そこに潜り込むほど、無知であることを知らざるえない。けれど、戦争について、考えることは必要だし、生まれ落ちた国の成り立ちや歴史から、学ぶべきことは、たくさんある。たぶん、原爆が、ヒロシマとナガサキに落とされたことは、だれもが知っている。それから74年経ったいまでも、その日、一瞬のうちに、なんの落度もない人間が、犠牲になった事実を顧みることを、意味がないとあなたが言うならば、たぶんそれは間違っている。

・まともであれ
 アメリカの下した決断が、良かったとか、間違っていたとかを議論するつもりはない。(というか、僕には分からない。)たぶん、いろんな歴史観があり、思想があり、考え方がある。戦争で散っていった勇敢な命をたたえ、愛国心をもつ人だっているし、戦争犯罪について反省すべきと言う人もいる。政治的立場が、右に偏ったり、左の思想に影響される人もいる。混迷する社会のなかで、幸せに生きることが困難な時代に、僕らははたしてどんな未来に、辿り着きたいのか。それを示そうとするまともな大人は、意外なほど少ない。

・アメリカが、好きか、嫌いか
 令和を生きる若者にとって、今更、アメリカを憎むべきだという言論はリアリティーがない。それよりも、震災のときに「トモダチ作戦」を展開した姿の方が、印象に残っている。西洋の文化を取り入れた日本で教育をうけた僕は、自由と平等と民主主義を愛するアメリカを嫌う理由がみつからない。

・自由を求めて
 資本主義のなかで、すべてがうまくいってはいないが、ある程度みんな幸せに暮らしているじゃないかという事実は、たぶん拭いきれない。今もそうだけど、ただ国家とか、政治とかを差し置いて、自由になりたかった。できるだけ個人の価値を高めてきた。その結果、共同体や家族が解体していく。不安定な経済情勢を前に、ただ貧困に嘆くことしかできない僕らは、滑稽にみえる。それが「時代」というものだと、切り捨てるならば、団結して、意義を唱え、大きな体制側に、声を上げるべきだろう。

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 死神が降臨するとき、たぶん、それは冬の時期だ。日が差しかかり、薄くもやのかかった朝焼けの寒い一日の始まりに、彼は登場する。魂の管理を取り仕切る仕事は、この世のどんな職業よりも、たぐいまれな才能を要する。紛争が起きて、たくさんの人が死んだ日は、忙しいのだ。大勢を黄泉の国へ、移送するから。そんな妄想にふける、8月の午後。まだ、暑い日は、続くだろう。死神が、運んでいった精霊たちが、深い眠りのなかにいることを願って。

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レストルーム

 宙に舞う綿ぼこりが、まるで、意志を持ったかのように、風に揺られている。それの行き着くさきは、たぶん、この地球上のどこでもない別次元だ。そして、最期には、役目を果たしたかのように散っていく。僕も、そんな風に、生きてみたいと願うのは、ややロマンチシズムに偏りすぎだろうか。

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・労働者として
 本当は、もっと夜更かししたいけど、明日も仕事だから、早く床につく。自分の時間を自由にすることさえ、ままならない現状は、変わりそうもない。ずっと、僕らを縛り付ける労働が、暮らしのなか存在することが前提とされる。どうして、働くことに多くの時間を費やしてきたのかを、年を取って気付くにちがいない。それよりも、するべきこと、学ぶべきこと、育むべきことが、あったはずなのに。その日暮らしの金を稼ぐことで精一杯の労働者は、息つく暇もなく、死んでいけというのだろうか。

・トリガーが呼びだされるとき
 突然のようにトリガーが呼び出され、それに端を発して、言葉をやめない人間が語る真実は、静かに誰かの胸の奥に仕舞われる。みずから語ることによって、トラウマのような出来事が表面化する。そんな瞬間が、好きだ。だから、他人の語りを、蔑ろにするな。どんなにどん底にいても、その環境のなかで居場所を見つける機能が、幸か不幸か、僕らには備わっている。苦境にたつ者はみな、自分の努力が足りないからだと、言いくるめられる。でも、本当に、この社会を支えているのは、まぎれもなく日々、汗を流して働く労働者であることは、明白だ。

・弱くある
 生産性を突き詰め、利益を最大化することに躍起になる僕らは、すこし疲れている。資本主義の世の中なんだから、仕方ないじゃないと、あなたは言う。行き過ぎた市場主義は、なにもできない者を、まるで悪として扱う。でも、その主張にたいして、いくらでも反論の余地はある。何もできないことを、声高にして訴えればいいし、それでも幸せになるんだという意志を示せばいい。弱いものは駆除されていき、賢いものだけが生き残るのが、この世の常というのならば、それはもう、野蛮な生き物でしかない。

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 子どもをつくらない同性愛者だって、働くことのできない障がい者だって、生き抜いていかなければならないのだ。この荒れ狂う大地の上を、あるいは、この近代という時代を。でも、その道のりに、休息の場を設けられるはずだ。政治が役割を果たせばいいし、隣人の手助けを借りたっていいし、行政のサービスを受ければいい。どうか、死ぬなんて思わないで欲しい。シンプルで、あたり前のメッセージを発信するのは、退屈かもしれないけど、重要だ。世界が少しでもよくなるようにと願わずにいられない誰かの善意が、見ず知らずの人を救う。そんなことが、あってもいいと思う。

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愛について

 愛も、いつかは朽ち果てる。僕らの間を結んでいる、不安定で、実体のない、奇妙な輝きとも言える関係性は、時とともに、怪物の心臓のような、グロテスクなものに変化していくかもしれない。綺麗なものだけを目に映していくという習慣は、いつのまにか、暴力的な人間性さえも、排除していく。
 でも、忘れるな。誰かを傷つけたくて仕方ない衝動も、保持する強大な権力を行使したくなる願望も、まっさらな大地に捨てることはできない。いつかは、牙をむく人間の破壊行動は、世界を混沌へと導く。いま、もし手にしている平和が、かけがえのないものの正体だと気付いたならば、僕らは、それを絶対に手放してはならない。

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・浮上する力
 ここから、浮上する力が欲しい。どん底とは言えないまでも、今いる場所に、完全に満足している人間が、どれほど居るのだろう。少なからず悩みを抱えている。別に、すべてをぶっ壊したいとか、自分自身を不必要に追い込みたいとは、考えていない。でも、成功者への妬みや、自分とは噛み合ない人間(それが、健常者や障害者だろうと)への不快感は、まったく持ち合わせていないというのは、嘘になる。

・人間の種類
 はたして、人間とはいくつかの種類に分かれるのだろうか。そんなの人間は1種類しか、存在しないよと、あなたは思うかもしれない。人種、暮らし、ジェンダー、性的指向、国籍、それぞれの異なる属性をもった僕らは、同じものを望み、同じ世界を築きたいと願うのか。お金持ちだけが、幸せに暮らす権利を持っていて、運悪く社会から排除され、不安定な暮らしをしているやつは、虫けら同然だとはねのける。しまいには、自己責任なんだから、貧乏はお前のせいだよ、風俗嬢だって自らあなたが選んだ職業だと言う。そんな社会は、いっそのこと、宇宙の散りくずになればいい。

・他者の合理性
 ようは、僕たちが成さなければならないことは、どこまで他者を理解できるかを見定めることだと思う。「理解するのなんて不可能だ」と、口を揃えて言う。でも、ちょっと待って欲しい。あなただって、私達と同じ立場になれば、同じ行動をとるはずだ、そこにはひとつの合理性ともいえる真実がある。それは、れっきとした理解の一つではないか。人間は、どこまで自分たちのことを決めていいのか。その判断は、たぶん神様じゃないと分からない。とりあえず僕の中の、不安や絶望が、他の誰かにも通ずるものがあると信じたい。みな、傷つけば、そこから赤い血がでるのは、同じはずだ。

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 身内ではない知らない人たちへの不信感は、たぶん消えない。そう思うのが、人間だから。たとえ、そうだとしても、別に構わない。気持ちを共有する、相手の痛みを知る、背負っているものの重みを想像する、社会の複雑さを考慮する。そうやって、なんだかんだやっていけるのではないか。いちからすべて理解する必要はない。ただ、あなたがそこに居ることを推し量る。それだけで、世界は輝きだす。

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そこにあるものとして

 幸せというものは、そこまでして、複雑に考えるものではないのかもしれない。ただ、ふとしたときに、生きがいを感じることができればいい。それは、日常のなかでかいま見れる、ほんと一瞬なんだけど、愛おしい。夕日をみながら、今日も一日が、終わることを、かみしむことができれば、上出来だ。孤独に宿る魂が、火を噴き始めたとき、一人でいることの空虚さを、思いしるだろう。僕たちは、この生きにくい社会で戦おうと決意し、そして、幾度もなく、感情の扉を開いてきた。もし、それが何の意味も持たないとしたら、人生というものは、いささか、残酷である。

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・いっそのこと
 競争社会において、人より劣っていることは基本的に、問題とされる。仕事につけなかったり、貧乏な生活をすることになる。ときに、他人を蹴落として、這い上がる卑劣さを持ちなさいと、あなたは言う。そうであるならば、スタートラインは、同じにするべきではないかと、僕は言うだろう。障がいをもって生まれる人、勉強ができない人、要領の悪い人、貧乏な家庭に生まれ育った人、それらの全てを個人が背負い込まなければ成り立たない世界なんて、いっそのこと滅びてしまえばいいと思う。

・怒りを、あらわす
 それが成熟した社会だと言い張るならば、僕は、断固として反対する。人は、何の理由もなく頭が悪かったり、仕事ができなかったりする。そんなことを理由に、優劣を付けられ、社会から排除される世の中なんて、望んではいない。貧困のさなかで、誰からも援助されず、這い上がるチャンスさえ渡そうとしない仕組みが、あるいは、どん底から抜け出そうとする努力をあざ笑い、しょせんお前は、底辺で生きていればいいと吐き捨てる人間が、憎い。

・エクストリーム
 そんなものは、所詮、エクストリームな例でしかないと、あなたは言うかもしれない。大半の人が、普通の人生を送っているんだから、何の問題もない。そこにある「普通」という言葉が、僕には、暴力にみえる。普通じゃない人を遠ざける社会、一旦、道を踏み外した者の更生を鑑みないマスメディア、安易な情報操作で影響される大衆、そこには、もう希望という不確かな期待さえ、存在しない。だからと言って、簡単に絶望してはいけない。

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 人は一旦生きてしまえば、生き続ける。そこにあるものとして。あなたが、どれだけ、不快に感じようが、僕はここにいる。思想や、政治的信条によって、他人の生き死にが決定されるほど、恐ろしいものはない。不条理な死を、見過ごしてきた過去に、戻るのは嫌だ。だからと言って、今がベストな状態とは言えない。急速に変化していく社会が、どこに向かおうとも、良心にそって生きる人が、報われる日を待ちたい。

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イマジナリーに、終わらない

 どうやって社会の変化を解釈しようかと、躍起になっている人たちがいる。急速に変わっていく世の中は、知ってか知らずか、あざ笑うかのように、彼らを黙認しているようだ。いったい、どれだけの人間が、幸福な未来を描けているのだろう。もし、仮に自殺した人の声をきけるのだとしたら、あなたは、どんな問いかけをしたいのかを思考するといい。そこには、きっと自分がどんな風に生きて、そして、死んでいきたいのかという複雑な考えが、絡み合っている。

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・吐露する
 貧困に苛まれる国民、豪遊するお金持ち、政治に無関心な若者、いわれもない差別を受けるマイノリティー、普通に振る舞いなさいと教育される子どもたち、みずから命を絶とうとする精神障害者、青春を謳歌する学生、大人になりきれない大人、余生を送る高齢者、悟りをひらいた僧侶、誰しもに思い当たる、基本的属性は、虚しく台所にあるシンクの水路に流されていく。もう、男をやめたい、女であることに疲れたと、吐露するのも、たまにはいい。どうやっても捨てきれない、自分の本質に苦しむあなたは、けっして、愚かではないはずだ。

・声を、あげよ
 学歴や職業、年齢、性別、国籍によって、どんな風に、扱われるかが、左右されるのは、かならずある。案外本人は、その属性のせいだと気づかない。「僕は○○だから、こんなひどい扱いをうけたんです」というのは、言い訳ではない。差別が、もしそこに実在したのなら、それは声をあげなければならない。けっして、自分を責めるんじゃなくて。

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 他人を理解するのは、難しい。なんでお前は、そんな馬鹿なことをしてるんだと思う時は、多々ある。特殊な体験をした人の話を聞いて、自分なりの解釈を加え(もちろん、一方的なものではなく)、社会背景と関連づけて文字にする作業は、いわゆるアカデミックな世界で、滞りなく行われている。そんな文章は、イマジナリーな役割でしかないという批判は、当然ある。でも、そこにある事実なんて、あってないようなもんだと決めつけるのは、愚行だ。
 いま、当事者たちが語る物語性に、耳を傾けなければ、いったい、どうやって歴史を認識すればいいのか、途方に暮れる。その人の人生に降り注ぐ、希望や不安が、たとえ目に見えなくても、現実社会に押しつぶされないように祈ることを、忘れたくない。

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気持ちのかたまり

 誰も傷つけずに生きていくのは、難しい。分かってはいるけど、不意に、相手を悲しませた瞬間に、後悔するときが、多くある。僕は、いつまでたっても、不器用なのだ。できるだけ、波風が立たないように普通にしときなさいというけれど、それが、どんなに愚かで、つまらなくて、虚しいものなのかを、あなたは分かっていない。ありのままでいることが、あなたの個性を生み出すのよという言葉とはうらはらに、埋没していくだれにも届けることができなかった数々の思いたちは、春の風とともに、風化していくだろう。それらの思いを、僕は「気持ちのかたまり」と呼ぶ。

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・重みのあるもの
 穏やかな、なにげない日常のなかで、もう僕は、宇宙の広さや、やがて訪れる死について案じることもなかった。なにもかもが足りないようで、いつまでも満たされない感情だけが、膨れ上がっていく。それは、概念と呼ぶにはあまりにも生々しく、現実的な重みをもったものだ。

・暗喩
 世界は今日も、音をたてることなく、呼吸をしている。僕も、その息づかいと連動するように、呼吸をする。夜空にかがやく星のきらめきも、うすっぺらい野原をかける風も、とぎれのない川の流れも、決して自分と無縁のところでおこなわれているわけではないのだ。僕は、だれかに理解して欲しいなんて、思っていない。「理解とは誤解の総体に過ぎない」と誰かが口にした。そんなややこしい暗喩を、ひけらかしたいんじゃない。だって僕らには、愉快な回り道をしている余裕なんて、ないんだから。今日も、少しずつ季節が回転している。

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 これからは、シフトを変えよう。少し早いかもしれないけど、僕は、ゆるやかに死に向かう準備をしなくてはならない。そんな大げさなことじゃなくて、ただ心の持ちようの問題だ。生きることだけに、多くの力を割くというのは、案外しんどいのだ。僕にとっては。
 その人自身の人生の価値なんて、誰にも分からない。あるいは、成功ではなく、その破れさりかたによって、本当の価値が定まると、僕は思っている。当然のことながら、だれもが限りある存在なのだから、いつかは終わるのだ。それを待ちわびる余生があって然るべきだと、季節を象徴するかのように、緑を揺さぶる風が、教えてくれた。

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クリシェを、更新する

 夜空を見上げたときに感じる、大きな虚無感は、いったい、いつになれば、消えてなくなってしまうんだろう。ふと顔をだす、ちっぽけで愚かな自分。そんなに思い悩む内容でもないのに、しばらく、考え込んでしまう。点在する星の光からは、伺え知れない程の、闇深い紺色の空が、延々とつづき、それが、宇宙へと続いているのだなと、感慨深くなる。人は、無限のさきにある最果てを見ようと、必死になって思考してきた。それは、とてもロマンチックだと思う。

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・性差について
 フェミニズムについて、詳しく知りたいと思うようになったのは、いつからだろうか。僕が、物心がついたときから、足と足のあいだの突起物は、存在していた。どうやらそれは、性別を判断する、あるいは、ずっと、これからも、付き合わなければならない身体だと、認識しはじめる。そして、この社会には、それを所持しない生き物がいることを知る。彼女らは、性別を理由に、なにかしらの不遇を余儀なくされている。そのことについて、憤慨したことが、僕の学問にたいする考えを、深めたのではないかと、分析している。

・男社会を、ぶっつぶす
 女性が、選挙権すら、与えられていない時代は、もう終わったのだと、声を大きくして、叫ばなければならない。男性だけが、地位や名誉を手にし、女性は、意志決定をおこなう場に、ふさわしくないという社会なんかで、生活するのは、ごめんだ。正義は、紙に並ぶ文面に存在しているのではない。女性の賃金がいくらかということを問うことを、ただの机上の空論にすべきではない。あなたが不幸なのは、性別に関係なく、個人の能力の差ではないかという理論は、やや横暴な語り口だ。どこをみても、男社会が蔓延している状況が憎ましい。男性が悪いと言っている訳ではない。男として生まれついて、あたり前のように自分の夢を語り、実行していく人間の、他者への想像力の欠如が、僕の心持ちをかき乱す。

・変えていく
 そんな男を愛するのが、女性という生き物だと、あなたは思うかもしれない。でも、僕は男性を想う感情と、男性に抱く嫌悪感は、矛盾しないと考えている。たぶん、セックスで頭がいっぱいの男性を、あるいは、その欲望をあっさりと満たしてしまう男性を、そして、女性がセックスをしたいと発言することじたいを批判する社会を、変えたい。

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 男は男らしく生きることを、求められて、女は女らしく振る舞うことを、強制される。男女の固定的で、一枚岩のステレオタイプを、どこまで崩していくことができるかが、これからの時代に求められている。でも、いくらさまざまな概念を知りながら大人になっても、自分の中にある男らしさや、女らしさを目の当たりにする瞬間は、消えそうにない。性差別的なクリシェ(パターン)を更新していくことが、今後いろんな差別や偏見を拭う一歩になるように、思う。