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有限を知らなければ、自由になんて、なれない

 ここに、文章をかくことは、僕の、思う通りのままだ。何を、記そうが、何を、隠そうが、ありのままを、表現していく。だけど、もし、それ以前に、自分の、階層だったり、ジェンダーだったりが、内容に、影響していると、仮定する。それは、まあ、なくもない。だって、頭のなかで、繰り広げられる、思考や、考えは、すべて、生まれ育ってきた、環境と、密接に、つながっているから。どうやら、僕たちは、しらずのうちに、この世界に、閉じこめられてしまったらしい。

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・自分の見つけ方
 路上で暮らす人。彼らを、横目に、家路につく。どうやら、今日の寝床に、困ることは、なさそうだ。そうやって、他者と、比較することことで、自分の立ち位置を、確認する。それ以外に、自分を、知る方法は、ない。本当の自分とか、本質的な自我というものは、はじめから、諦めてしまう。心とか、気持ちとか、あやふやな、それらは、結局、内部のことなのだ。外側に、表出されなかった、断片的な感情は、ゼロに等しい。空気に、ふれた瞬間、言葉たちは、鮮やかに、色づいていく。

・準備は、できている
 男としての、自分。なんの意味も、もたない権力。不均衡な、パワーバランス。例えば、女性が、意志決定の場に、いることは、ふさわしくないと、少しでも、よぎってしまうなら、それは、かえていかなければならないことの、ひとつだ。男性が、背負っている、重圧。何なら、今すぐ、それを、手放してしまえばいい。責任とか、使命なんて、いうものは、呪いにちかい、産物だ。そして、もし、誰かが、役目を、果たさなければ、ならない場合、あるいは、その順番が、女性であったなら、彼女たちは、こう、いうべきだろう。「私達の、準備は、できている。」

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 なんでも、手に入る。どんな、自分にでも、なれる。ただ、そこに、あるのは、きっと、空虚にちがいない。僕らは、少なからず、社会の構造に、縛られている。(あるいは、性別や、国籍や、年齢と言ってもいい。)でも、だからこそ、「解放」という、瑞々しく、きらびやかな、人生に、出会うことができる。有限を、認知することで、手にする、自由。たぶん、それは、くそみたいな現実に、対峙する、手助けになる。僕が、僕でいる、理由は、きっと、もう、すでに、受けとってきた贈与の中に、存在している。

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神の死

 この社会で、起きていることを、明確にしようとする。その方法は、多くある。どれも、的外れかも、しれない。結局は、断片的なデータを、積み重ねて、全体を見通して、普遍化なり、一般化をしていく。だとしたら、僕らは、今、何を知り、何を、知らないんだろう。歴史を辿ってみることで、輪郭をあらわす、現代。この世界は、果てしなく、混沌としているみたいだ。

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・やられっぱなし
 悪者は、だれなんだろう。分断をあおり、差別を助長する、トランプなのか。資本を独占する、大企業なのか。あるいは、職場で、嫌みばかり言う、上司なんだろうか。どこに、批判を、ぶつけても、あまり、しっくりこない。どれも、ただに、ひとつのパーツに、すぎないからだ。問題は、全体を、取り囲む構造に、ある。意図しないけれど、システムの中に、いるかぎり、支配する側と、される側に、わかれる。たとえば、労働者階級の、僕らは、闘争という言葉を、忘れてしまい、やられっぱなしに、なっていないか。

・バイオレンス
 雇われて、働いて、賃金をもらう。嫌でも、そうしないと、生きていけないからだ。「おまえを使わなくても、代えは、いくらでもいる。」そう言って、金持ち階級は、資本を増大させるために、限界まで、人件費を削る。本来なら、働いた分の、同等の価値を、貰えるはずだ。だけど、同じことをしているのに、自分の労働力が、安く、買いたたかれる。まるで、希釈された、暴力みたいだ。僕の、価値って?もし、市場で、値がつかなくても、もとからある、誰にも汚されない、価値に、気付けたら。だけど、みんなが、知っているように、世界は、そう、甘くない。

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 漠然とした、不安。言葉に、すれば、ただ、それだけ。だけど、それは、人生に、重く、のしかかってくる。ほんとうは、すべてのことが、死ぬまでの、退屈しのぎに、すぎない。それでも、深く、考え込んでしまう、真面目な、あなたに、伝えたいことを、述べてきた。「神は死んだ」と、ニーチェは、言い残した。それから、時は流れ、人間は、どこを、目指して、何を、手に入れたんだろう。もし、ここが、暗闇なら、あなたは、光の方へ、進んでいくべきだ。僕は、そう思う。

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ノット・ギルティ

 都会の片隅で、ひっそりと、消えそうな灯火を頼りに、明日を待つ。目的なんてない。意味を、見出そうとする、意欲さえ、枯れ果ててしまった。もし、救いが、あるとするなら、まだ、誰も踏み入れていない領域を、侵す瞬間に、存在する、野望だ。七色の光に、包まれた、荒野は、ただ、まばゆい。
 辿り着いた場所は、何もない空白のくぼみだった。僕が、いま生きているところは、時間軸をも、越えてしまいそうだ。たとえ、息ができなくとも、もがきながら、歩く。助けを求めたけど、返事はない。
 
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・自分から離れる
 いったい、どうして、生きづらいのか。こういう環境だから、仕方ない。周囲の人間が、嫌なやつばかりで、どうしようもない。貧乏で、希望を持つことさえ、ままならない。親が馬鹿だから。おうおうとしてある、ファクターは、時間とともに、自らに、はね返ってくる。本当は、ただ、ここにある、自分の存在が、疎ましいだけなんだ。そう、気付いたときに訪れる、死んでしまいたい衝動。けれど、あなたは、生きるべきだ。
 自分から離れることを、望むことは、悪ではないし、罪でもない。というか、本当は、娯楽も、欲望も、恋愛も、労働も、根幹にあるのは、自我の消滅を、望む声だと、僕は、思っている。自分が、無になる、刹那的な時間。それほど、心地いいものはない。

・「共同性」とは
 学校や、職場で、出会う人たち。それは、(僕にとって)絶対に、切り離せないものでは、ない。頻繁に、連絡することもない。地元に、縛られるという感覚への、不理解。そこが、つらいなら、どこか、ちがう場所に、行けばいいなどと、思ってしまう。けれど、家族だったり、友人だったり、その人間関係に依存しなければ、生きていけない現実も、ある。
 「共同性」という、言葉に、ひっかかる。それって一体、どんな意味なんだろう。たぶん、それは、秩序を保つための、道具なんだと思う。みんなと違う行為や、他人の尊厳を傷つける行いを、してはいけない。社会化されていくことに、なんの、疑問を抱かないなら、それでいい。だけど、まともな、礼儀正しい振る舞いが、できない人間を、コミュニティから、排除していく。そこに、問題が、ある。

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 いっそのこと、自分は、一人で生きて、一人で死んでいけますということを、明言できたら、楽なんじゃないか。そういう人生も、ありなんじゃないかという、可能性を、捨てない。許容できる範囲を、拡げていく。価値観が、多様になる。もし、知というものが、あるなら、それは、今に、絶望している人のために、使われるものだと、僕は、思っている。

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野蛮なことに、立ち向かう

 僕が、何を考えているのかが、つつぬけになるとき、それは、世界と、自分が、混ざりあう瞬間だ。欲望も、傲慢も、知性も、すべてが、溶けて、にじみ出てくる様は、滑稽で、それでいて、美しい。それでも、本当の、奥底にある、自我(みたいなもの)は、他人に、さらけ出さず、隠して生きている気がする。孤独を包む牢獄を、開く術をもたない者ほど、人生は、深みを、帯びていく。

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・内側と外側
 ここに、文章を、つづる。それは、いっけんして、僕の内部について、語っているのかもしれない。心の動きや、感情の波を、観察しながら、湧き出てくる言葉たちに、寄り添う。でも、よくよく考えてみると、その作業は、外側の世界を、必ず、反映しているのだ。いま、目に映る景色、複雑な社会、薄っぺらい世相、その全てが、フィルターを通して、再び、構成されていく。つなぎあわされた二つの領域は、加速度的に、変化していく。そうやって、ひっそりと営み続けてきた、生き物は、はかない夢を見る。やがて、滅びゆく定めを、受け入れることは、そう、難しくはない。

・望みを叶えること
 将来、こうしたいという、願望を、抱く。それを、追いかけながら、努力していくことの、全てが悪いとは、思わない。だけど、あるとき、冷静になって、立ち止まる。まだ、歩み始めたばかりの自分が、思い描いていた未来に、振り回されるのが、阿呆らしくなる。望みを叶えることに、執着しなくていい。むしろ、あのとき、死ぬほど、手に入れたいと思っていたものが、実は、たいして、欲しくないものに、変容していく。人生なんて、そんなものだ。

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 結局、僕が、これまで一貫して、思考してきたのは、「命の価値」についてなんだと思う。もう、気付いてるかもしれないけど、社会は、不躾に、あなたの価値を、決めようとしてくる。例えば、ホームレスのおっちゃんが、ひとり路上で死んでいく。それは、ただ、それだけの最後を、迎えることしかできない人間だからなんだと、決めつけるみたいに。裕福な生活をするのは、それに値する者だけで、いい。
 べつに、底辺で暮らしていたからって、孤独死をしようと、その人の価値を、他人が決めることは、できない。何が、その人にとって、幸せだったのかは、分からない。じつは、こうして、普通であることに、憧れ、規範から逸脱することを恐れながら、のうのうと生きる、僕なんかより、はるかに豊かな人生だったかもしれない。

・最後に
 僕は、そんな、くそみたいな世界に、ざまーみろって、言いたい。権力の側にいる人が、羨ましくなるくらいに、他の人には、分からない、自分だけの幸福を、みつめながら、しれっと、生きぬいてやりましょう。それが、唯一の、野蛮な考えに対する、抵抗なのだ。

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渦を巻く貝殻

 いま、僕が、世界を感じているふうなこととは、まったく違うように、だれかがこの世界を、感じている。どうせ、お互いが分かりあうなんてことは、できないのだからと、平行線をたどる。結局は、生き方の対立だから、そこに正解はない。それなのに、どうして、こんなにも、他者を必要とする、自分がいるんだろう。くそみたいな社会に、怒りを覚えると同時に、そこでしか生きられないことが、重く、のしかかってくる。

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・くだらないこと
 たとえば、女性が、性について、オープンに語ることを、よろしくないという風潮があるとする。そのルールを世界が、黙認している。だから、革命を起こそう。だけど、空っぽ頭の男は、こう言うだろう。「それなら、俺とセックスをしよう。」それを、先読みしているから、私達は、声を上げることができない。言いたいことを、心に押さえつけて、抑圧されながら、過ごす日々を、もう、終わらせよう。
 だから、あなたは、こう言うべきだ。あるいは、アダルトビデオにでてくる女性たちの、快楽に浸る姿は、女性の、一部分かもしれない。だけど、その一面をみせる相手は、お前ではない。お互いを、尊重できること、対等に、向き合えること、そんなあたり前のことが成立したうえで、関係は、保たれる。女性は、ただの性欲のはけ口ではない。都合のいい存在でもない。自分の意見を言うことを、ためらわなければならない瞬間は、とてつもなく、くだらない。

・深海に沈むもの
 僕は、社会というものは、生きやすいように、変えていかなければならないと、心底、考えてきた。だけど、全員が、そう思っているわけではないんだなと、最近、知った。現状を維持しようとする人が、一定数いる。少なくとも、それに、異議を唱える行為を、ないがしろにしたくない。男性が、持っている特権や、マジョリティーが決めた規範が、支配する世界に、抵抗する。
 いつからか、つねに、なにかしらの答えを、探しているような気がする。不安や、孤独から、解き放たれた人間は、次に何を望むんだろう。これまで、見つけてきた解答が、邪魔になる。だから、それを、捨てる。そして、また彷徨う。その繰り返しのうちに、人生は幕を、おろす。それならば、自由という、途方もない、宇宙の果てみたいな、不確かなものは、いっそのこと、深海に沈めばいい。

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 気付けば、思考の渦に、いる。中心に向かって、強い流れのまま、勢いを増して、突き進むそれは、まるで、螺旋状の貝殻だ。そこで、息をするのは、困難を極める。僕は、こらえるように、そこに、自分の意志で、居続けること選択する。そのとき、考えなければいけないことなのかは、分からない。でも、たしかに、僕の頭の中で、めぐる、戯言は、こうして、ひとつの形になって、発信される。問題意識や、社会への関心を、失いたくない。なんだかんだいって、この世界が、好きなんだ。

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ニルヴァーナで会おう

 社会を、正しく知覚しようとすれば、するほど、訳が分からなくなる。外で、けたたましいサイレンが、響く。部屋の中で、瞑想するみたいに、天井のシミを眺めていた。どうして、僕は、いま、ここにいることを許されているんだろう。あるいは、許しを得た命というものに、どれだけの価値が、あるんだろう。たぶん、今日も、どこかで、誰にも届かない声を押し殺して、耐え忍びながら、日々を送る人間が、たくさんいる。そこに、フォーカスしない言論は、嫌いだ。

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・金と権力
 富が、十分に行き渡っていない場所がある。困窮している者は、何を手にしたいと、思っているんだろう。もし、そのすべてが金と、権力だと決めつけるなら、たぶん、あなたは、この世界のことを、誤解している。黒人が、権威をもつことは、間違っている。同性愛者の、人権なんて、どうでもいい。障がい者が、選択できる人生は、たかが、知れている。標準からずれる人間は、無価値に等しい。それが、社会を窮屈にしていく。だから、僕は、はっきりと言う。欲しいのは、名誉じゃなく、不平等が、既に存在していることを認識する知性だ。

・世界は、すでに救済されているのか
 この一瞬が、気持ちよければ、それで良い。これまでの歩みや、過去に縛られるのなんて、まっぴらごめんだ。韓国との歴史問題、そんなの、知ったこっちゃじゃない。そう考えると、ある意味、生きやすい。だって、全体を見渡すことをしないから、自分が搾取されていても、気付かない。救済を求める声が、かき消されていく。だけど、いったん、立ち止まる。「普通である」ということが、一番いいとする風潮。必死になって、規範を守り、他の人と同じでなければいけないプレッシャーに苦しむ。そんな、生き方を、ぶっ壊してく。それこそが、ここで発信しなければいけないことだと思っている。

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 「世界」という言葉が、含有する意味って、なんなんだろう。遠い異国のことかもしれない。あるいは、宇宙のことかもしれない。でも、まちがいなく、その中心にいるのは、自分という存在だ。僕が、ここで、噛みしめている命は、いつか、尽きていく。多種多様な欲望も、憧れも、理性も、なにごともなく、消え去っていく。だから、もし、永遠を手に入れることができなくても、ニルヴァーナ(死後の世界)で、お会いしましょう。きっと、それが、生きていくことの、醍醐味だと思うから。

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生きる理由

 有限の命。死を予感した瞬間。今を生きる理由を探すけど、みつからない。僕にも、ちゃんと最後が来るとおもうと、安心する。狂気に満ちた空気に、おかされていく。道ゆく人は、みんな、なにも疑わずに、ただ、明日を見つめていた。社会の付属物かであるように、従順に、事をこなしてゆく。普通のように、振る舞えない自分は、たぶん、痛々しい。

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・線引きという暴力
 今の立ち位置は、どうやって確立されたのか。僕は、とくに努力した覚えはない。だけど、食うことに困らず、住む家もある。だけど、世界は、そんな人ばかりじゃない。十分に栄養をとれない子ども。路上で暮らすホームレス。空爆に怯える民衆。激動していく社会に取り残されたように、ただ、我慢を強いられる。
 例えば彼らを弱者と、呼ぶ。そうやって、線引きをしたとき、ちっぽけな僕は、突如として、強者になる。こっち側と、あっち側。その境界は、いつからでき、何を基準に、人間を分断しているのか。貧困に陥るのは、努力が足りないからだという言説は、嫌いだ。自分の能力が高いから、それだけの見返りは当然である。だけど、あなたは、ただ、環境に恵まれていただけなのかもしれない。

・虐げられし者の声
 老後のために、蓄える。いざ、困ったときに、準備をする。そうしないやつは、そこらへんで、野垂れ死ねばいい。そんな世の中は、はたして成熟した社会と言えるのか。何者もなれなかった、何のとりえもない、どこにでもいる人間が、誰にも迫られることなく、死ぬまで、豊かに生きることができる。そんな世界が、好きだ。
 みんな、どこかしらは、不完全なはずである。それが、生きていくのに、致命的だったり、案外そうでない人もいる。いかに、抑圧される側の声を、表出させるか。その声が、うねりをあげたとき、社会という怪物に、抵抗できる。

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 結局、僕がここで、言いたいことは、社会は、いくつもの階級に分かれていて、そこで暮らす人間は、けっして全員が、幸せじゃないということだと思う。じゃあ、どうしたら、良くなるのかを、問い続ける。それが、生きる理由になる。

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記憶の残滓

 社会が、変動していく。それは、べつに、ここに限ったことじゃない。世界が、急速に、しぼんだり、膨れ上がったりしている。価値観が、多様化していき、制度やしくみが、新しくなっていく。たぶん、その根っこにあるのは、個人が、自由になろうとする意志だ。僕らは、自分を縛るものを、遠ざけ、選択できる権利を主張してきた。その結果、ありとあらゆるものが、流動化していく。 

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・声をあげる
 芸能人が、政治の話をすると、煙たがられるという風土は、本当にださい。これから、国を、どんなふうにしていくのかを、議論するのに、いろんな知識はあったほうがいいかもしれない。(そもそも芸事をしているからといって、知識がないとすることじたい、ナンセンスだ。)言いたいことを、言えばいい。間違ったら、出直せばいい。もし、あなたは、政治について、なにも理解していないのだからと言って、自分とは、そぐわない意見を封じ込めようするなら、それこそ、間違っている。
 たぶん、次の世代に、何を残していくべきかという視点が、欠けている。いまの子どもたちが、大人になったとき、こんな社会だったら、生きにくいよねっていう部分を、変えていけばいい。なのに、今の政財界のトップの多くは、利権にぶらさがって、富を吸い尽くそうとしているみたいだ。権威に、いつまでも、ひれ伏す民衆を、演じるのも、飽いている。だから、声を、あげるべきだ。

・無常
 なんで、そんなに、怒っているんだろう。容赦ない言葉が、弱者に、向けられる。たぶん、満たされないと感じる、マジョリティーの叫びと、僕は思っている。自分とは、立場がちがう人間を、受け入れることができず、排除していく。変わっていく情勢に、なす術もない。だけど、無常に逆らうことはできない。一切のことは、生まれては、消えていく。
 ひとりひとりが、抱えるバックボーンは違う。生まれ育ってきた環境も、異なる。だけど、人は、何かしら、過去に執着している。忘れられない出来事について、言葉にしようとしても、ままならない。そして、伝える術を探すように、生きて、十分に語ることのできないまま、死んでいくのだ。
 
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 家族で過ごした、断片的な思い出が、記憶の残滓として、眠っている。それは、大人になった今も、大きな塊になって、僕という存在の柱として、機能している。時が進むにつれ、以前よりも増して、自分を形成する要素について、考えるようになった。ただ、それは、年老いた人間になっただけなのかもしれないけど。

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涙の霖(ながあめ)

 今まで、はっきりしてなかったことが、明らかになっていく。けれど、それで、全てを知っているかのように、語られる言説に、説得力は、ない。知るということは、知らないことが増えていくことと、同じ意味だと思う。社会で起きる、様々な出来事は、ここで生きる、虫けらみたいな弱い僕の、頭の中と、繋がっている。苦悩する人々の声を、無視し続ける、この世界が、嫌いだ。もちろん、自分を、含めて。

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・消費と排除
 どうして、いつも、正常な市民は、消費することが、求められるんだろう。経済が、大きな顔をして、まるで、世界の在り方を、決めつけてしまっている。そんなのただの、ひとつの、考え方にすぎないのに。お金を稼いで、欲しいものを、手に入れる。途切れることのない、欲望が前提とされる社会は、息苦しい。買いたいものなんて、何一つないと言うことが怖かった。そうすれば、役に立たない人間として、そそくさと排除されるみたいで。
 行き過ぎた消費市場は、歩みをとめようとしない。たぶん、どんなに地球環境が破壊されようとも、資本主義は、機能していくんだと思う。ただそれは、労働搾取、戦争、病気、貧困、飢餓、多くの人間の、犠牲によってなんだと、はっきり言うべきだ。格差が、拡がっていく。なんらかの、転換が必要だ。だけど、代替案を、だれも、提示できない。混沌とする世界で、ただ、もがいている。

・ちっぽけな正義
 無差別殺人が、おきる。なんの落度もない人が、命をおとす。メディアは、犯人の生い立ちを、紐解こうとする。そんな人間をつくり出してしまった社会にも、責任があるという側と、感情に押され、さっさと死刑にしてしまえばいいという側に、分断される。生きづらさの正体が、分かれば、納得もできるだろう。だけど、誰しもが、うまく周囲にとけ込めない孤独や、全て自己責任にされてしまう、行き場のない怒りの所在を、明確にできないでいる。
 遺族の感情を、考えれば、極刑が妥当であると誰かが言う。刑罰を科す司法について、詳しいわけじゃない。ただ、裁判は、憎しみを果たすためにあるシステムなんだろうか。ここが、法治国家であるならば、法に定まられたやり方で、刑を決めればいい。正しいのかも分からない正義を、振りかざすことができるほど、僕らは、賢くもない。

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 これまで、流されてきた涙が、霖になって降るとき、それは、世界の終わりが近づいてきた証拠だ。あなたが「自分は、普通である」という根拠は、何なんだろう。なんなら、僕だって、世間の喧騒から離れたところで、思想や哲学について、考え込んでみたい。だけど、生きるのって、もっと泥臭い場所で、這いつくばることしかできない。目の前にある社会は、そう、甘くはない。だけど、たとえ、腐敗しきった世界でも、あなたの思考が、止むことはない。

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思考 社会の出来事

分け隔てなく生きる

 自分らしさを、表現することは、秩序を壊すことだと思う。いままで存在しえなかった価値を見出す作業は、孤独に包まれている。どうせ道徳や正義なんてものは、マジョリティーの言い分にすぎない。だから、もし、この世界が、支配する側と、支配される側に、分断されるなら、後者は、抵抗すればいい。僕らは、生きている。言うまでもなく。人間であること、女性であること、弱者であること、あるいは動物のひとつに過ぎないこと、ありとあらゆる生命が、今日も躍動している。

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・なにを言祝ぐべきなのか
 イランとアメリカの対立が深まり、憎しみの連鎖が、舞い戻ろうとしている。「戦争」という体験をしないまま、大人になった世代が、平和を語ってはいけないのだろうか。命が、軽んじられ、国のために全てを投げ打った彼らは、何を思い、死んでいったのか。終戦を向かえたときの、不思議な安堵感を、僕は想像する。もう、戦わなくてもいいんだという思いが示す方向に進めばいい。この先に日本が、言祝ぐべき進路は、空爆のニュースを見た時の、一人ひとりの感情の内側に眠っている気がする。

・相模原殺傷事件について
 みなの命に平等に価値がある。そんなあたりまえの考えが、根本から揺らいでしまったのが、この出来事だったと思う。公判が始まり、事件の詳細が、明るみにでるとき、世界に、ひとつのひずみが生じる。その衝撃波は、螺旋状にゆっくり広がっていく。さて、僕らはいったい、だれに憤りをぶつければいいんだろう。命に線引きをしては、いけないことは分かる。他人に生きる価値があるのか、ないのかを、決めることはできない。たとえ誰かが、無意味であると判断しても、それが、命の生き死にに関わってはいけないということを、はっきり言う必要がある。

・なぜ大学教育が行われるのか
 それぞれの大学の発足の理念なんてものは、僕は知らない。でも、決して大学は、企業が求める人材を育成する機関に成り下がってはいけない。上からの命令に、文句を言わず従順に従い、サービス残業もいとわない若者は、たしかに都合がいいだろう。だけど、教育って、人を育てるって、そんな目的のもとで行われていいのかを、問いなおすべきだ。
 科学技術が進歩していく。生まれる前から、障がいを持っているかを、判別できるようになる。優秀な遺伝子だけをかき集めて、人間をつくりだす。そんな時代に、誰が、正しいか、間違っているのかを、導き出すのか。そんなことは、専門家に、まかせればいいと、あなたは、思うかもしれない。だけど、少なくとも、教育の目指すべきところって、あくまでも、自分とは立場の異なる他人に、優しくできる人間にすることなんじゃないかと僕は、思っている。

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 人間は、もうすでに、幾度となく失敗を繰り返している。優生思想における批判を、もう一度、やり直せばいい。僕が、ここで述べてきたことは、いわゆる、どうやって分け隔てなく生きることができるかということだ。宗教や、政治理念の違う国や人間にたいして、どうアプローチしていくか、障がい者と健常者を、違う教室で学ばせることに何の正当性があるのか、他者と自分との垣根をどう、壊していくのか。
 もちろん、そこには「恐怖」があるだろう。自分とは異なる他人を、疎ましく感じることは、誰にでもある。だからと言って、いがみ合う必要はない。まして殺しあうなんてことは、途方もなく馬鹿げている。もし、僕らが成熟した社会を生きているならば、過去の過ちに学び、どう共生していくかを、模索していくべきだ。