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思考

遍在する光の中

 もし、消滅することによってしか、正しく、存在することができないとすれば、それは、美しいかもしれないけど、不吉な帰結だ。他の生命を、殺してしか、生きることができない僕らは、自己の存在を、原的な罪と、把握してしまう。けれど、無理に、ニヒリズムの方へ向かう必要は、ない。

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・必要な力
 消失という観念の核が、虚無へと向かうものとは、異質のものであることが明確であるならば、自己の消去が、新しい存在の輝きを点火する力を、もつだろう。そういった信仰を前提とした思想を、僕らは、僕らなりの、納得できる形で、つかみとってこなければならない。きっと、息苦しい時代を生き抜いていくには、原罪の鎖を解く道を、見いだしていく力が、必要だ。

・月のクレーター
 都合のよい自己弁明や、現状肯定の理論なんか、聞きたくない。個のエゴイズムを、絶対化する立場に立つかぎり、搾取する側とされる側の垣根は、越えられないだろう。だれでも、他の多くの人々の労働に、支えられて生きていることは、明白なのに、いつのまにか、ぽっかり空いた、月のクレーターのように、抜け落ちてしまっているようだ。他者たちの支えのひとつになることを、人は<生きがい>と呼ぶ。

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 つまり、人間は、なにが、本当に、良いことであるのかということを、考えないではいられないのだということを、僕は、言おうとしている。善や正義が、自分を犠牲にすることでしか、成り立たないとするならば、それとは、対照的な、自己を尊ぶという行為は、悪になってしまうのかということを、問い続けなければならない。
 恩寵による存在の奇跡を、その瞬間ごとに求め続けた先にあるものは、何なんだろう。自分の死のことを考えないようにしているのだという証言は、救いのなさを表現しているにちがいない。遍在する光の中をゆく、孤独な闇に、失墜する恐れをかき消すように、また、どこかで、陽が、昇ろうとしている。

作成者: 木下 拓也

1987年、大阪生まれ。ライター志望。
兵庫の大学を卒業してから、フリーターとして働いています。
セクシュアリティーは、人生を豊かにすると信じる人間です。
書いて、伝えることを大切にしています。

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