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映画レビュー

042 「希望の灯り」(2019)

<基本情報>
2018年に、ドイツで公開される。
第68回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、賞賛を受けた。
旧東ドイツ出身の作家、クレメンス・マイヤーの短編小説「通路にて」を、映画化。
原題は「In den Gangen」。

 自分の好みが、はっきりとしないときは、とりあえず、手当たり次第、作品を観ることになる。徐々に、好きな監督だったり、肌に合う作風だったりが、明確になってくる。今作は、僕の欲する要素が、ふんだんに盛り込まれている。観終わった後に、こういう映画が、もっと作られればいいのにと思った。静かに、ストーリーが進んでいく。けれど、一つ一つのシーンに、重みがある。どのセリフも聞き逃したくないから、スクリーンに集中する。あっという間の、2時間だ。

 ベルリンの壁が崩壊したとき、僕は、まだ幼子だった。歴史の授業で、その事実について学ぶことになる。教科書に貼付けられた写真には、嬉しそうに、壁の上にたって騒ぐ人たちが、おさめられていた。そのとき、なぜ民衆が、そろいも揃って、喜んでいるのかが、分からなかった。歴史のうねりに、翻弄されながら、生き抜いていく力強い人間の逞しさや、繊細な心についてなんて、当時は、知る由もない。大人になって、少しなら、慮ることができる。たぶん、良いことばかりが、起きたわけじゃない。怒濤に変化していく社会に、なす術無く、あおられた人生が、そこにあったんだろう。

 旧東ドイツ・ライプツィヒ近郊の田舎町に建つ、巨大スーパーマーケットが、舞台だ。寡黙な青年、クリスティアン(フランツ・ロゴフスキ)は、新しい職場で、少しずつ仕事を覚え、周囲と打ち解けていく。それは、たぶん、どこにでもあるお話だ。それを、つまらないと感じるなら、この映画は、観ない方がいい。だけど、なんの変哲もない、遠い国の、何気ない日常に、心が締め付けられる。いっけん、物語は、暗いムードのまま、終わりを迎えるのかなと、思わせる。そして、かろうじて、希望の灯りを、残す。それは、ほんとうに、ちっぽけで、こころもとないものかもしれない。だけど、生きていくには、それで充分なのだ。

作成者: 木下 拓也

1987年、大阪生まれ。ライター志望。
兵庫の大学を卒業してから、フリーターとして働いています。
セクシュアリティーは、人生を豊かにすると信じる人間です。
書いて、伝えることを大切にしています。

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